■トップページ > 猫の森の猫たち |
■委譲型 |
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福助 | |||||
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ちぃたけ | ![]() |
月子 | |||
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玖磨 | ![]() |
りゅう | |||
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コタ | ![]() |
ちび | |||
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2代目居候チャー | ![]() |
忘れ形見チロちゃん | |||
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ネネとミン | ![]() |
モン&トン | |||
| ■滞在型 ※現在は受け付けておりません |
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ヒデヨシ/大政/佐助 | ![]() |
ビビのおいちゃんとチョビちゃん | |||
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みつ | ![]() |
あまなつ | |||
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小チビ | ![]() |
キツネ&チャー | |||
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まゆ | ![]() |
山梨トリオ | |||
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ナル | ![]() |
ラグドール兄弟ロクとハチ | |||
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安楽死を免れたトト | ![]() |
ディンブラちゃん | |||
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2匹2組 | ![]() |
初代居候ダイちゃん | |||
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家猫トレーニング ノラクロ | |||||
■番外編 |
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ちゃんたろう | ![]() |
6匹の猫の里親探し | |||
福助 (委譲型)
茶々丸改め“福助”:2012年4月6日 桜舎へ入居
ブログ 福ちゃんグラフィティー 最新の様子はこちら
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ちぃちゃん改め ちぃたけ;2011年11月29日 桜舎へ入居
ブログちぃたけグラフィティー |
くまちゃん改め月ちゃん(月子);2011年5月24日、桜舎へ入居〜2012年1月5日虹のたもとへ
ブログ月ちゃんグラフィティー |
桃子改め玖磨;4月4日に桜舎へ入居
ブログ玖磨グラフィティー |
りゅう;2009年8月4日猫の手会員 Mr.2宅へ入居
ブログりゅうグラフィティー
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最新の様子はこちら |
レオ改めコタ(小太郎);異名「コタまぐろ」「ちょろべろオヤジ」「波平会長」食いしん坊のコタは、いつもお皿ピカピカサービス係として大活躍。 南里はコタのおかげで、猫の手作りごはんに開眼できた。 ベンガルとは思えぬ庶民派で、セミナー助手とホスト役をこなし、コタ人気は不動。 取材協力も数しれず。動かないので撮影しやすいとカメラマンに愛される。 ちゃんたろうとは何度か流血戦を繰り広げ、売られたケンカは買ったるぞの意気込みを見せた。 「コタの幼稚園」は、朝病院のお預けで、夕方お迎えに行く通院スタイル、ようがんばったね、コタちん。 お空のコタちん、これからも猫の森のスタッフとして、どうぞよろしく! コタちんが会長を務める波平倶楽部はこちら
2009.8.28入居〜2011.3.30虹のたもとへ
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ブログちゃんたろうグラフィティー :異名の多いオトコ ラオスのチンピラ、チビタ、マムシのちゃん、 |
マユミさんの忘れ形見、黒猫ビビ(雄・10歳)と白猫チョビ(雌・2歳)ちゃん。猫の森では「おいちゃん」の名前で可愛がられたビビ君は、常に女王チョビちゃんに先立って、道を開く役目らしい。 猫の森事務所に来たのも、佐野のおうちに行くのもおいちゃんが一足先。 「幻の猫」だった頃のチョビちゃんは、身体中に毛玉ボンバーをくっつけていたが、猫の森でコーミングの快感を覚え、すっかりゴージャスなお姫様になって、おいちゃんを従えてのお嫁入り。 その経過を見られたのは、つくづく役得である。 ありがと、マユミさん、おいちゃん、チョビちゃん。 ふたりを引き受けてくださった「ねことも」ママ・マッチャーさんに感謝です。 ※キャットシッターねことも
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モー母さんはマイペース、省エネ型の甘え上手。 |
【お日様ヒデヨシ】I さんが急きょ3匹の猫の里親を探すことになったのは、4歳になる2番目のお嬢さんが猫アレルギーで、喘息の発作が止まないのが原因でした。 Iさん夫妻は、娘さんの発作が猫アレルギーと分かってからは、なんとか猫たちと離れずに済むようにあらゆる努力をしましたが、結果改善せず、泣く泣く猫たちを手放すことを決心せざるを得なかったそうです。 Iさんの猫はすべて野良出身雑種の雄で、体重12キロの白猫こな(9歳)、末っ子気質の甘えん坊の黒猫ユロ(6歳)、鷹揚な雰囲気を持つ茶白のタビ(9歳)の3匹。 トップバッターで猫の森にやって来たのは、茶白で体重6キロのタビでした。我が家の先住猫たちは全員3キロ台なので、タビの大きさがやけに目立ちます。タビは度胸も良く、到着後まもなく部屋中を探検し、さらに他の部屋や先住猫にも興味を持ち、その日のうちにあっけなく先住猫と新入り猫の対面は済んでしまったのです。無邪気で天真爛漫なタビは、先住猫たちが警戒する隙を与えずスルリッと我が家に溶け込みました。 滞在が3ヶ月になっていたちゃんたろうは、古株のズズから未だ私のベッドに上がることを許されていませんでしたが、タビは初日からちゃっかりベッドで寝そべってリラックス、おまけにタビの隣には香箱をくんだズズがいるのです。 だれかれ構わずけんかをふっかけるきかん坊のちゃんたろうでさえ、スッスッと近寄って来たタビに鼻をおしつけられ、キョトンとしています。 ミンは体格が倍もあるタビに「むふふ」と身体を押し付けられて、完全に気圧されている様子。タビはただひたすらに「仲良くしようよ」という態度で突き進んで行くのです。Iさん宅での暮らしが、いかに愛情に満ちたものであるかが察せられました。 その数日後、某新聞の取材が入り、担当の記者さんが大の猫好きとのことで、タビをお薦めしたのですが、ご縁には結びつきませんでした。ところが、ぺがが突然、 「タビを連れ帰ってもいいですか?」 と言い出したのです。 彼女は数日前に愛猫ラテヲ(雄)を亡くしたばかりでした。 ぺがが決心した途端、タビは身を寄せてぺがから離れませんでした。お互いにが運命の絆を感じた一瞬だったのでしょう。ハートがひとつになった彼らはホントに倖せそうでした。 ふと気がついて私が、 「タビは、ますむらひろしの描くヒデヨシにそっくりだね」 と言ったら、ペガもうなずいて、タビ改め「瀬口ヒデヨシ」がめでたく誕生したのでした。タビがヒデヨシになるのにかかった日数はなんと5日でした。 お空に行ったラテヲが、お日様ヒデヨシをペガに差し向けてくれたのです。後でわかったことですが、生前のラテヲの癖がそのままヒデヨシの癖でもあったそうです。 【ドスコイ大政(おおまさ)、讃岐に行く】 ![]() さて、ヒデヨシの後にやって来たのは、なんと体重13キロの巨猫こな君(9歳・♂)と、とびきり気だてがいい黒猫ユロ君(7歳・♂)です。 「ウワッ、でっかい!」 こな君を見ただれもが思わず発する第一声がこれです。 私もあしかけ18年キャットシッターをやっていますが、ここまで巨大な猫に会ったのは初めてでした。 猫の森では、彼を清水次郎長一家の子分「大政」の名で、呼ぶことにしました。 さて、もう1匹のユロ君は精悍な顔立ちから忍者を彷彿とさせたので「佐助」と命名したまではよかったのですが、長期滞在でお預かりのちゃんたろうに追い回されて、すっかり萎縮してしまいました。 「オラオラー、ココハ俺様ノ領分ジャ、新入リハ出テカンカイ!」 追うちゃんたろう、必死の形相でおしっこをちびりながら逃げ惑う佐助。 猫同士のケンカには介入しない方針ではありますが、このままでは佐助が参ってしまいます。さいわい事務所にいる2匹の猫は気が荒くないので、佐助を事務所に移動させることで一段落つきました。 「大政、かわいいよなぁ」 ブログで毎日大政と佐助の里親探しを呼びかけていたところ、思いがけない人から手応えがありました。 その人とは、香川でイタリアンレストランを経営するシェフのヨウちゃん(34歳男性)で、去年私は彼の店で講座を開催させてもらったご縁があります。 とにかく大政を見て、最初に「かわいい」と言った人は初めてでした。 これは脈があるぞ! 翌日からはヨウちゃんをターゲットにして、大政ブログを書き続けました。なにせ体重13キロを運ぶには女性の力ではちょっと難しい。しかしヨウちゃんなら、大政が万が一の時に車で病院に連れて行けるのです。 しばらくして、ヨウちゃんからの大政を受け入れたいという電話があり、私たちはすぐに大政をさぬきに送る計画を立てました。 大政の身体が入るキャリーケースを見繕い、飛行機会社に貨物の予約。あれこれ考えた末、羽田空港までは送迎タクシーを依頼することにしました。 当日、大政は窮屈なケースの中で神妙にしていましたが、貨物受付で重量を計ったところ、見積もり金額より2千円近くオーバーしまうという一幕も。 それでも無事香川に到着し、ヨウちゃんと合流した大政は、その晩ちゃっかり網戸を開けて夜の散歩に出かけたそうですから、やはり大物です。 【佐助改め「クロちゃん」】 ![]() 事務所の佐助も数日後、見事なうえるかむごろんで「ボクをおうちに連れてって」作戦を決め、キャットシッター養成講座の卒業生イワサワさん宅に引き取られ、素晴らしいリスタートを切りました。 なにしろ気だての良さは抜群の猫でしたから、彼に関しては全く心配していませんでした。 案の定、佐助は「クロちゃん」に改名し、先住猫お転婆モコちゃんの教育係として、イワサワ夫の話し相手として、すっかり家族の一員になったようです。 Iさん宅のお嬢さんのアレルギーがなくなって、また猫と暮らせるようになることを祈っています。逆境にめげず、明るく自らの道を切り開いていった3匹に拍手を贈ります。 |
みつは9歳のサビ猫(♀)。半年間ハワイに滞在することになったO夫妻からのお預かり猫です。「みつは分離不安で鳴きっぱなしになったことがあり、怖がりなので心配です」と言っていたO夫妻でしたが、猫の森に入居したみつは実に堂々としていて、数日後に私が入社した時には、すでにお局様の貫禄で、パソコン画面の前に陣取り、立派なセンパイぶりを発揮してくれました。ある時から、みつは私への指導か、夜の間ひとりで退屈なのか、玄関におしっこをするようになってしまいました。トイレにもちゃんとおしっこはしているので、これはなにかを言いたいサインでは?そこで、「たまには外泊でもしてみる?」と白黒・18歳のおじさんコンビのいる猫の森千駄ヶ谷(南里の自宅)へ連れて行ってみました。そんな時でも、肝の据わった彼女はシャーもフーもなし。翌朝には、おじさん猫といっしょに南里のベッドで寝ていたんだそうです。玄関のおしっこは続きましたが、玄関にもトイレをセットすることでそれ以上にはなりませんでした。 そしてなんと言っても忘れられないのは、事務所の大掃除のとき。 あれ?みつさんがいない!と探すと、網戸が細く開いているではありませんか!一瞬で全身の血の気が引いて外へ飛び出し、「みつ〜!帰ってきて〜!!」と探しまわる私。 すると、「ぺが〜、帰っておいで〜」となんりさんの声。 あれ? 探されているのはワタシ?!みつはゆったりとベランダから帰宅したそうです。 みつさん、よかったぁ〜!と半泣きの私に、みつは「ちょっとからかってやったのよ。勉強になったでしょ?」と言っているようでした。 半年間のハワイ滞在を終えたO夫妻も、「慣れないハワイでの生活の間、猫の森でご機嫌に過ごしているみつの様子をブログで読んで、こちらが励まされました。みつは私以上に大人だったんですね」とおっしゃり、「一旦帰国後、またハワイに行くことが決まったのです。最初はみつは連れて行くより、猫の森にいたほうが倖せなんじゃないかと感じていましたが、そんなに堂々とできるのなら、今度は一緒に連れて行きます」と決心なさったのです!なんといっても家族は一緒にいるのが一番!すばらしい決断です。 その後、ハワイに旅立つまでの間、私は時々シッティングに伺い、センパイみつの指導を引き続き受けています。 (ぺが記) |
小チビ (滞在里親探し型)
小チビ(推定 2 歳・雌)は我が家のズズのよく似た模様の白黒猫です。小チビは、それまで 22 歳の久太さんというおじいさん猫といっしょにいたのですが、ご家族が亡くなったり、入院したりという状況で、家に猫 2 匹が残されました。やがて高齢の久太さんは娘の K さんの家に引き取られることになり、若い小チビは K さんの依頼で我が家に入居することになりました。雄 17 歳コンビ、ズズとミンに小チビ。図らずも、我が家に白黒猫が 3 匹集結したことになります。小チビは野良出身のせいか用心深いところがあり、私に慣れるまでは 1 ヶ月を要しましたが、猫同士は最初から一度の威嚇行為もなく、スムーズにうちとけていました。これはなにより、ありがたいことです。 入居後 1 週間もすると、若い小チビは昼間の押し入れ暮らしに飽きて、真夜中派手に暗躍するようになりました。最初はアオーン、アオーンと大鳴きをしていましたが、私が無視を決め込むと、今度は壁で爪研ぎを開始。特に出っ張った壁のコーナーがやり易いらしく、バリバリ、ガリガリと盛大にやるので、壁に布を貼ってディフェンスに努めましたが、小チビは巧妙にその隙をついてきました。それで、知り合いの大工に余っている板を分けてもらったところ、これが大正解で、以来小チビはこの板でのみ爪研ぎをするようになったのでした。 小チビは小柄で美形な猫でしたから、里親捜しもさして心配もしていなかったのですが、予想以上に早く貰い手が見つかりました。 ちょうど 1 年前に雌のエルちゃんが急死した M 氏宅には、若いルネ君が残りましたが、最近遊び相手がいないので急激に太っていました。シッティングに行ったついでに小チビの話をすると、さっそく面会に来られ、美貌の小チビを見た M 氏は即断即決で、 1 ヶ月後めでたくお嫁入りを果たしました。 お仕事で海外出張の多い M 氏宅には、毎月のようにシッティングに行くので、その度に小チビ(改名して「マリーナ」)に会うことができます。先住のルネ君は、マリーナを迎えてから、身体がみるみる引き締まってきて、 2 匹の仲もよく、本当にいいご縁だったと思います。 |
あまなつ (滞在型)
チンチラゴールデンのあまなつ君( 13 歳・雄)は、チャーとキツネが羽行に引き取られる日の午前中に入居。今まで他の猫を見たことのないあまなつ君は仕切り戸越しに見たチャーとキツネに向かって「ハァーッ!」と威嚇していました。 あまなつ君の家族は 40 代の I 美さん。放射線治療の入院中、彼を預かる契約をしたのでした。 俺たちーズと入れ替わりにやってきたあまなつ君は、気だてがよく、まったく手間のかからない猫でした。お客様の中には初めて長毛種に触ったという方もいて、 「長毛というと気位が高いようなイメージで敬遠していましたが、あまなつ君はフレンドリーですね」と相好を崩していました。 ある朝、事務所に来てみると、なんとあまなつ君がポトスの鉢にどっかり座って、ポトスの葉が横に広がっていました。 いつもは大人しいあまなつ君ですが、案外おちゃめな部分もあるようです。キャットタワーの一番上から、みんなを見下ろすのも好きでしたね。 私がパソコン作業をしていると、キーボードとディスプレイの間に陣取って、キュルルルー、キュルルルーと不思議な音を発っしていました。あまなつ君との日々は穏やかに過ぎていき、やがて I 美さんが退院し、あまなつ君はおうちに帰っていきました。 滞在中に開催したフエルト教室で作った猫首輪をしたあまなつ君、 I 美さんといつまでも倖せにね。たまには遊びに来てください。 |
キツネ&チャー (滞在里親探し型)
血のつながりはないのになぜか兄弟のようなこの 2 匹は、数ヶ月の間、人のいなくなった一軒家に暮らしていました。夏におばあさんが亡くなり、その数日後おじいさんは入院。老夫妻は猫好きで、常に何匹もの猫をかわいがっていたそうです。 離れて住んでいた息子さん夫妻が、家に残された 2 匹のためにペットシッターを頼み、週末は 2 時間近くかけて様子を見に通っていたのですが、寒くなると、人気のない家に猫だけを残して帰れない心境になったとか。また、おじいさんは退院したものの、リハビリが必要で再び猫たちと暮らすことは難しいと言います。 そこでいったん猫の森に滞在しながら、里親探しをしようということになりました。 人見知りをしないチャー(推定 8 歳・雄)と控えめで顔の細いキツネ(推定 7 歳・雄)は、慢性鼻炎などの持病もありましたが、毎日にぎやかな猫の森でどんどん元気になっていきました。 キツネにノミの卵が見つかって、大慌てでフロントラインをつけたり、去勢済みだと思っていたチャーが実はまだで、スプレーを始めたり(もちろんすぐに手術をしました)と、退屈しないコンビなのです。 そして、この 2 匹はとにかく食いしん坊! 朝、私が事務所に出勤すると、トイレ掃除も終わらぬうちから「メシクデェ、メシクデェ!」の大合唱です。少しはダイエットしてもらいたくて食事管理をするのですが、一向に痩せません。私がキッチンに行く度になにかもらえないかと、いそいそと付いてくる 2 匹でした。 また、 2 匹でくんずほぐれずのプロレスごっこも見応えがありました。さすがオトコ同士、体格もいいのですごい迫力です。やんちゃなチャーと、ちょっとシャイなキツネは、写真を撮ったクマちゃんに「俺たちーズ」と命名され、お客様にも大モテでした。 こんな人気者の 2 匹でしたが、 3 ヶ月の滞在期間が過ぎても里親は決まりませんでした。依頼者の F さん夫妻も私も気が気ではありません。結局 1 ヶ月の延長をし、それこそ本気で里親探しにかかりました。 ちょうどその頃、 CS 養成講座を受講していた羽行ミエ子がいたくこの 2 匹に惹かれたようです。ただ、彼女の家にはすでに 2 匹の猫がいましたから、引き取るにあたってはかなり迷っていたと思います。彼女の友人に話を持ちかけたところ、 1 匹だけなら引き取ってもいいとのこと。 ですが、私はこの 2 匹を引き離すには忍びなく、涙を飲んでお断りしました。そうした経過をすべて見ていた羽行が、結局俺たちーズを引き取ってくれることになったのです。 これからキャットシッターを開業する羽行なら、この 2 匹も安心ですし、なにかあれば猫の森がサポートも出来ます。 療養中のおじいさんと代理人の F さん夫妻もたいそう喜んでくれました。今、チャーとキツネは羽行家の家族となって、日々ユーモアと癒しを与えてくれています。 |
ちび (滞在→委譲型)
ちび(雌・ 16 歳)は、同居していたお母さんが入院して、しばらくの間、動物病院に預けられていましたが、衰弱が激しく、見るに耐えないと、代理人(お母さんの従姉妹)の H さんが猫の森に連れて来ました。 動物病院から来たにも関わらず、ちびはヨダレと口臭がひどく、食べることも水を飲むこともできませんでした。すぐに近くの動物病院に連れて行くと「貧血、脱水、尿毒症、歯周病、肝臓・腎臓機能低下」という診断結果でした。 ガリガリにやせているちびに麻酔手術は危険が伴いましたが、このままで衰弱してしまうのは明らかでした。ただ、ちびの瞳には生きようとする力が感じられ、私はそれに賭けました。 そして、気丈なちびはこの抜歯手術を乗り越え、ゆっくりとしたまゆとの共同生活になじんでいきました。この 2 匹は、それぞれほどよい距離感で、お客様への態度も違い、見ていて実に面白いコンビでした。やがて、まゆが 18 歳のお嫁入りを果たすと、ちびは猫の森の女王として君臨するようになっていきました。 その頃、毎週木曜日の夜、事務所で「 猫 Bar 」なる集いをやっていたのですが、ちびは毎回違った色のリボンを首に巻いて、ホステスとしてお客様の人気を集めていました。必ず初めてのお客様のひざに乗って、ハートをわしづかみするのがちびの必殺技。いつしかちびは女優森光子にあやかって「猫の森光子」と呼ばれるようになりました。 ところが秋の終わり頃から、ちびの食欲がなくなって、みるみる痩せて来ました。事務所から自宅に引き取って、看病をしている間に、おかあさんの訃報が届きました。ちびはなにかを感じていたのかもしれません。 その後なんとかちびは小康状態を保って、亡くなったおかあさんの遺志もあり、クリスマスイブにちびは猫の森に完全に委譲されることになりました。私には最高のクリスマスプレゼントです。 無事に年越しをし、節分が開けたころから、ちびはまた食べなくなりました。唯一口にしたのは新鮮な鯛の刺身だけ。 2 キロを切って、フラフラになりながらも、ちびの瞳はキラキラと輝いていました。毎日ちびファンから沢山の応援メッセージが届きました。 3 月 3 日おひな祭りに「ちびちゃん祭り」と称して、我が家にちびファンを招いて、ちびに会ってもらいました。お客様が大好きなちびは嬉々として、みんなの膝を渡り歩いたものです。 翌週思い立って、画家の高田雄太さんに頼んでちびの肖像画を描いてもらうことにしました。その数日後には、偶然やってきたカメラマンのクマちゃんが、ちびの写真を撮ってくれました。そのきれいなこと! その二日後、ちびは朝日を浴びながら、私の腕の中から旅立っていきました。桜の花をバックにした凛として立つちびの絵が出来たのはその 2 週間後でした。 今このちびの絵は事務所にあって、猫と私たちをしっかり見守ってくれています。 |
初代居候ダイちゃん (滞在型)
2002年11月1日から2003年1月31日の3ヵ月間、語学留学するGさんの猫大輔君(ダイちゃん)を、猫の杜でお預かりしました。Gさんは、ダイちゃんをケージに閉じ込めるようなところには預けたくなかったそうです。 「都内でいろいろ探しましたが、納得できるところがなくて困ってました。でも、こんな部屋ならダイより私が住みたいくらいです。 それに留学先でもホームページでダイに会えるから安心です」 初の契約猫であるダイちゃんは入居の翌日、私の母(通称猫ばぁ)のベッドの下に潜り込んでしまったため、母はうっかり外に逃がしてしまったと勘違いして大騒ぎとなりました。 その後1ヵ月間、ダイちゃんは部屋の隅に引き蘢りを続けました。どうやら気が小さいタイプらしく、夜の間にごはんを食べ、排泄を済ませているのでした。 2ヵ月目に入るとさすがに窮屈になったのか、
ゆっくり人前に出て来るようになり、猫ばぁにはすっかり懐いてしまいました。気立ての優しいダイちゃんに猫ばぁもメロメロで、夜は枕を並べていっしょに寝ていたものです。
また、「猫の森」の取材では何度もダイちゃんに協力してもらいました。 やがてGさんが3ヵ月の留学を終え、ダイちゃんを迎えに来ました。
ダイちゃんとの別れに猫ばぁは涙をにじませ、後日様子を見に行くと、「夜寂しいから、ダイちゃんの代わりにヌイグルミを抱いて寝ているんだよ」 と言うのでした。 ちょうど1年後、Gさんがダイちゃんを連れて、猫の杜に遊びに来てくれました。 その時、猫の杜にはチャー君とチロちゃんという猫が入居していましたが、ダイちゃんは彼等に臆することもなく、かつて3ヵ月過ごした猫の杜を懐かしそうに歩き回っていました。 それを見て、Gさんと猫ばぁ、私はにっこり。 初代居候の貫禄だったのでしょうね。 |
2代目居候チャー (滞在型)
2002年の夏、Oさんは大怪我を負ったチャー君を保護しました。ところが怪我が治ったチャー君はOさん宅の先住猫たちを次々に襲い、連日の流血騒ぎを起こしたのです。「こんな猫は捨てて来い!」ご夫君の言葉に、Oさんは慌てて知り合いの家にチャー君を預けました。チャー君自身は猫嫌いですが、人に対してはすこぶる愛嬌がよいのです。しかし、今度は預かっていた人が寝込むほどの猫アレルギーになってしまったのでした。そこで、ひとまず猫の杜に預けて、チャー君だけと暮らしてくれる人を探そうということになったのです(2003年春)。 ダイちゃんの後を継いで2代目居候となったチャー君は最初から、猫の杜になじんで我が物顔に部屋を闊歩し、カメラ取材にも堂々と応じるのでした。 さて、すっかり人気者になったチャー君ですが、1年間経っても里親は決まりませんでした。それに猫嫌いの烙印を押されていたチャー君は後から入居したチロちゃんと仲良くルームシェアするようになっていたのです。これには、毎月面会に来るOさんも驚きました。「以前は荒振る魂の猫でしたが、ここで暮らすうちに次第に心が癒されたのかもしれませんね」 猫ばぁもチャー君を手放したくないようですし、私も取材の時に大活躍する彼は貴重な存在です。結局「猫の森広報部長」として、チャー君は生涯猫の杜で暮らしてもらうことにしたのです。Oさんは満面の笑顔で「ずっとこうなることを願っていました」とおしゃり、現在も定期的に面会においでになります。 2011年5月チャー君はOさんの元へ戻りました。 2011. 5.09 ミョウコウさん、猫楠舎へ 2011. 5.17 自分の道を切り開く |
忘れ形見チロちゃん(委譲型)
チロちゃんは2003年7月24日に猫の杜にやって来ました。推定13歳の彼女のお母さんは1年間の入院後に亡くなっていました。その間、娘さん夫妻が家に残されたチロちゃんのお世話に通っていたそうです。お母様が亡くなった時、忘れ形見のチロちゃんを引き取りたいという気持ちはあったのですが、ご夫君のアレルギーや住宅事情がそれを許しませんでした。「雑誌で『猫の森』を知って、まさに母が臨んでいた形だと思いました」 ご夫妻は躊躇うことなく、お母様の死亡保険金の一部を「猫の森」の契約金に充てました。 さて、チロちゃんですが、入居当日に一瞥でチャー君を圧倒し、すぐに猫ばぁの膝を占領したものです。 当初痩せていて、慢性鼻炎の持病を持っていたチロちゃんは始終くしゃみや鼻汁をまき散らしていましたが、猫ばぁのケアで次第にその症状も緩和されてきました。 契約の際、 「ひょっとすると不妊手術はしていないかもしれません」 と言われていたのですが、翌年春発情したチロちゃん。 「猫の森」の専任獣医の大窪先生と相談の上、無事不妊手術を済ませました。 その後、ふっくらとしてきて、みんなから「若くなって、きれいになったね」と褒められて、チロちゃんも満更ではなかったと思います。
その年の夏の初め、風邪をひいたチロちゃんは数日点滴に通わなければなりませんでしたが、大事には至らず、暑い夏も元気に乗り切りました。10月初め、チロちゃんの食欲がなくなり、大窪先生のもとに毎日点滴に通う日々が続きました。 先生からは「腎臓がかなり悪いので覚悟しておくように」と言われ、その時私は「ならば自宅介護に切り替え、チャーや猫ばぁといっしょの時間を増やそう」と決心しました。 高カロリーのフードを取り寄せ、毎日マッサージを施し、フラワーエッセンスやヒーリング、栄養補強剤など、やれることはなんでもやりました。 10月23日いったん仮死状態になったチロちゃんでしたが、必死にマッサージを続けていると、2時間後奇跡的に息を吹き返したのです。 みんなの見ている前で立ちあがったチロちゃんの姿は本当に感動的でした。その夜、チロちゃんは猫ばぁのベッドで静かに旅立ちました。 変化を恐れずに精一杯生き、私たちに勇気と元気を与えてくれたチロちゃん、あなたに会えてよかった! |
ラグドール兄弟ロクとハチ (滞在型)
家庭内暴力のため、お子さん二人を連れてシェルターに入らなければならなくなったYさんは2匹の猫のことが気掛かりでした。
生後6ヵ月のラグドール兄弟、ロクとハチをケージに入れず、いっしょに預かってくれる所はないものか?
インターネットで「猫の森」を知ったYさんはすでに体重が5キロを超えていた2匹を一人で運んできました。 活動量の多い子猫の世話は、シニアの猫ばぁには危険なので、私の自宅でこの2匹を預かることにしたのです。 我が家にはドドとモモの16歳コンビと14歳のズズという3匹がいましたが、彼等は私の仕事柄過去にも他の猫を受け入れて来た経験があるので、新入り猫にも寛容です。 子猫の兄弟もものおじすることなく、新しい環境に溶け込みました。 ラグドール兄弟は、日に日に大きくなっていきました。 お預かりした間にドドが老衰で亡くなったのですが、その死に至る過程をこの2匹が体験することによって、成長したことは疑いようがありません。 また、私自身も彼等の存在によって、ドドを失った哀しみを乗り越えることができたと思います。 「猫の森の存在がなかったら、まだ家庭内暴力から抜けだせずにいたと思います」とおっしゃったYさん。 お母さん思いのお子さん二人と陽気なラグドール兄弟と力を合わせて、穏やか暮らしを取り戻していくことでしょう。 |
安楽死を免れたトト (滞在型)
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「私が会社にいっている間に、母が猫を安楽死させてしまうかもしれないのです」 Hさんの涙ながらの訴えに私は 「では、すぐに連れて来てください」 と反射的に答えていました。 雄のトト君3歳は、前の晩Hさんのお母様に病院に行くほどの怪我をさせてしまったとのこと。 ベランダに飛んで来た鳩を見て興奮していたトト君は、不意に後ろから抱きかかえられ、咄嗟に噛み付いたようです。 お母さんはそんなトトが急に恐ろしい存在に感じ、動物病院に相談したところ、安楽死を勧められたとか。 「母もショックで興奮してるし、このままトトを家に置いておくのが不安で…」 「落ち着くまで、しばらく様子を見て、今後のことはそれから考えましょう」 そんな状況でトト君を我が家でお預かりをしたのでした。 トト君はやや神経質な面もありましたが、特に大きな問題はありませんでした。 時々面会に来ていたHさんは、トト君を連れて家を出、一人暮らしをする覚悟もしていました。 しかし、徐々にお母さんの気持ちも落ち着いたので、トト君を引き取りに来ました。 緊急避難で、距離と時間をおいたのが功を奏したのかもしれません。 |
ネネとミン (委譲型)
2004年11月末にKさんという一人暮らしの女性から1通の手紙が届きました。 「ガンで余命1ヵ月と宣告されていますが、2匹の猫が心配で入院できません。どうか『猫の森』で引き受けてもらえませんか?」 急いでKさんのもとに向かうと、彼女は身体中の痛みをおして、ネネ(16歳♀)とミン(10歳♂)のお輿入れ準備をしていました。 部屋中に何十箱ものダンボールがあり、「ネネの好きな缶づめ」「ミンのおもちゃ」などと書かれています。 Kさんの猫たちに対する深い思いに、胸が締め付けられるようでした。 「2匹は仲が悪いので、別々の部屋にしてほしいのです」 ちょうど自宅マンションの同フロアに、事務所をオープンさせたばかりだったので、自宅と事務所に分ければなんとかなります。
こうして、12月15日ネネとミンがやってきました。この時、私は(Kさんと別れたこと、違う環境になったことで、2匹は心細いに違いない。
仲が悪いと言っても今までいっしょに暮らしていたのだから、試しに1晩だけ同じ部屋に置いてみよう)と決心しました。
そして、翌日事務所を覗いてみると、なんと2匹はコタツの中で身体を寄り添わせていたのです。Kさんに報告すると、「信じられません。でも、これで安心して入院できます」 と言ってくださいました。 ちょうどの時期、私は書き下ろしの単行本の仕事があり、毎晩ネネとミンのいる部屋で原稿を書き続けました。 (この本を仕上げて、Kさんに読んでもらおう)2匹がいつも私の応援をしてくれているように感じました。 翌年も夏、自宅の引っ越しに伴い、ネネとミンは我が家の猫たち2匹と同居を開始しました。 シニア猫4匹はありのままを受け入れて、穏やかな時間が流れていきました。 ちょうどDVDの撮影の仕事があり、ネネとミンもこれに登場してもらったのはいい記念です。 というのも、ネネがその秋老衰で亡くなったからです。でも、ネネらしく威厳に満ちた、素晴らしい最期でした。 甘えん坊ミンは、すっかり我が家の猫となって今も元気にしています。 |
ディンブラちゃん (滞在型)
マンションのリフォームのために1週間の滞在をしたのは、ディンブラちゃん。事務所にはちょうど猫がいなかったので、彼はここをホテル代わりにして優雅に滞在しました。 スタッフが出勤してくると、机の上で仕事ぶりを監督したり、ふくらはぎにスリンと身体を押し付け来たりしました。 仕事場に猫が1匹いるだけで、空気が和み、みんな笑顔になります。 お母さんが迎えに来た途端、 「待ってたよーん」とばかりに甘えたディンブラちゃん。その表情はやはり家族にしか見せないものでした。 「よかったねぇ。また遊びにおいでね」 スタッフ全員でお見送りをして、誰彼ともなく、 「また猫さん来ないかしらねぇ」と呟いたのでした。 |
2匹2組 (滞在型)
やはり、マンションの改修工事の際、10日間4匹の猫を引き受けたこともあります。この時は2匹ずつ2組に分けて、私の自宅と事務所でそれぞれ預かりました。実はこの時、4匹とも部屋や押し入れに入り込んで、出て来ようとはしなかったのですが、家族の方は、「それでも動物病院に預けるよりはどれだけ安心かしれません」 とおしゃってくれました。 もともと私がキャットシッターという仕事を思い付いたのも、私の猫たちがこの猫たち同様極度に気に小さいタイプで、動物病院に預けられず苦労したからです。動物病院のケージに入れると、おしっこも我慢して、もちろんごはんを食べるどころではありません。健康な猫を人間の都合で動物病院に預けてかえって病気にしてしまうということになってしまうのです。 この方の猫たちも過去に動物病院に預けて、その後の後遺症が長引いたそうです。それで、いろいろ探し回って「猫の森」に辿り着いたといいます。 キャットシッターという猫のプロが、お世話するというのも大きな決め手となったようです。 |
モン&トン (委譲型)
モンとトンの姉妹猫(推定9歳)はお母さんが入院したため、娘さんが「猫の森」と契約をして、猫の杜1号店に入居した猫です。1、2ヵ月の間は近所の猫好きのMさんが2匹のお世話に通っていたそうです。 それで、猫の杜に入居してからも、Mさんが後見人として時々モンとトンの様子を見に来てくれます。 彼女たちは2匹いっしょという心強さもあってか、新しい環境に溶け込むのにさして時間はかかりませんでした。 むしろ先住猫のチャー君のほうが、2匹に圧倒されていじけている始末。 また、猫ばぁも最初の2ヵ月間くらいはチャー君とモン・トン姉妹の間に入って、かなり気を遣ったようです。 「
チャーが、モンとトンに乱暴するんじゃないかと思って気が気じゃなかったけど、よく堪えてくれてほっとした」と言います。これはどんな猫にも言えることですが、彼等は状況を分かってか健気に対応してくれます。 「猫の森」に猫を託す家族の状況をちゃんと飲み込んでいるかのようです。 今、モンとトンは、すっかり猫ばぁのベッドがお気に入りの場所になっています。 猫ばぁはチャー君に気を遣って、2匹には内緒でこっそりかつおぶしをあげるのだとか。 2011年4月モンちゃん、トンちゃんは猫楠舎へ移住しました。 最新の様子はこちら |
ナル (滞在里親募集型)
「引っ越し先で落ち着くまでこの子をお願いします」とやって来たRさん。
事情があって、引っ越し先では猫を受け入れてもらえないという。
時間をかかっても先方を説得して、愛猫ナル君(11歳)をまた手許に戻したいとRさんはおっしゃいました。「ナルは夫の忘れ形見の猫ですが、心臓の持病があり、ストレスでお腹の毛もほとんどない状態なんですが、引き受けてもらえますか?」 どんな状態でも、ここにたどり着いたのがなによりのご縁です。ともかく、やってみましょうと私はナル君を引き受けることにしました。 こうしてナルは千駄ヶ谷の新事務所で引き受ける初めての猫となりました。 入居後3週間は、部屋の隅に身を隠すようにしていましたが、徐々にここが安全な場所とわかったようです。 またスタッフに毎日「かわいい、かわいい」とおだてられ、ナルは急激にやんちゃな猫に変身して行きました。 そして、「私以外の人にはなつかないかもしれません」と言ったお母さんの予想を覆し、 ナルはスタッフばかりか事務所にみえるお客様にも愛嬌をふりまくようになっていきました。 おまけにナルはお腹の毛が生え揃い、身体も引き締まって若返ってきました。 私はお預かりした心臓の薬を一切使っていませんでしたが、ナルは部屋中を駆け回り、元気にしています。 面会に来たRさんは、あまりの変貌ぶりにうれし涙です。 しかし、やはり引っ越し先でナルは引き取れそうにないので、里親を探すしかなくなりました。Rさんはどんなにか無念なことでしょう。 そうこうしている最中、「猫の森」に雑誌の取材があり、はつらつとした美人の記者さんがインタビューに来社されました。ナルを一目見るなり、 「かわいいー!こんな猫がほしかったんです」 ナルも彼女に一目惚れのようでした。運命の出会いはいつも突然やって来ます。 かくして、その数日後、ナルはめでたく彼女の家に引き取られていきました。 ナルは自分の道を自ら切り開いたのです。変化を受け入れ、それを楽しみ、まわりの人に喜びと勇気を与えたナル、ありがとう! |
家猫トレーニング ノラクロ (滞在型)
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Nさんが保護した野良猫は虎鋏の罠にかかって左後ろ足を切断するしかありませんでした。
入院中に去勢手術を済ませ、家に入れようとしたのですが、デリケートな先住猫がいるので、それもためらわれました。 「ノラクロはずっと野良だったので、家猫にするトレーニングができればと思うんですがどうでしょうか?」 そこで、動物病院に7年間勤務したことのあるスタッフSと相談しました。 さいわいS宅に一部屋空いているというので、まずそこから家猫トレーニングをやってみようということになりました。 警戒心の強い野良で、さらに人間に罠で傷付いたトラウマを持っているノラクロ。 しかし、Sの献身的な努力が通じて、ノラクロは次第に心を開いていったのです。 そんなある日、ノラクロがS宅から脱走してしまいます。私もSも生きた心地がしませんでした。 結局、ノラクロは1週間ほど私たちをやきもきさせた後、なんとか帰還しました。 ということは、家猫の道を選んだということになります。Mさんにノラクロをお返しするチャンスかもしれません。 ところが、Sのひとり息子H君が「ノラクロと離れるのは嫌だ!」と言うのです。 脱走している間H君はノラクロの身を心配し、それが家族としてのの絆を強めたのかもしれません。 そこでNさんにノラクロをいただけないでしょうか?と聞いたところ、快諾を得たのでした。 Nさんも大変な努力の末に保護したノラクロでしたが、S家で大切な家族として、新しいスタートを切ったのです。 「猫の森」では、どんな形であれ、様々なリクエストに柔軟な対応を心掛けたいと思っています。 |
まゆ (滞在里親募集型)
まゆ(雌・18歳)は福岡から、単独で飛行機に乗ってやってきました。それまでいっしょに暮らしていたお母さんがガンで亡くなり、残されたまゆは福岡市内の友人宅に預けられていました。ところが、その家にいた先住猫がまゆが来たことで、家出をしてしまったのです。東京にいる娘さんが慌てて、猫の森に連絡してきました。「私の家にも猫が2匹いるのでまゆを引き取れません。まゆは18歳という高齢ですし、腎臓病の後遺症で後ろ足が立ちません。どうしたらいいでしょう?」 「いったん滞在して様子を見るということにしましょうか?」 ナルがいなくなった事務所はちょうど空いていましたから、私としては大歓迎でした。さぁ、当のまゆはといえば、堂々たる体格の偉丈夫で、物怖じすることもなく、入居日から事務所になじみました。 朝、事務所に出勤すると、まゆは後ろ足を引きずりながら玄関で私を出迎え、 「お腹空いたわ、早く朝ご飯ちょうだい」 というのでした。 来た当初なんとなく黄ばんでいた毛が、毎日のコーミングで真っ白になり、安心して表情が柔和になると、まるで「おしゃれ猫マリー」のよう。もともと陽気でお茶目な性格なのでしょう、まゆも事務所の人気者になりました。まもなくちびちび(16歳・雌)が合流し、熟女猫コンビの誕生。この2匹は反目もなく、適度の距離をとって、上手にルームシェアしていました。 さて、まゆは市販されている猫ベッドには見向きもせず、フリースを敷いた小さめの段ボールがお気に入りで、1日中その中に入ってぐうぐういびきをかきながら寝ていました。 3ヶ月の滞在期間が切れる頃、なんと私の本の担当編集者である駒草出版の藤川さんが、まゆを引き取ってくれることになりました。藤川さんは打ち合わせの度にまゆと接しているうちに、愛情がわいたようです。一人暮らしで、編集者という忙しい仕事のため、最初は躊躇していた藤川さんも最後にはまゆの類い稀なる愛嬌にノックダウンされたのです。 初春、まゆの後見人のEさんも立ち会って、まゆは藤川さんも元に18歳のお嫁入りをしました。きっと天国のお母さんも力を貸してくれたのでしょう。 一般には老猫の貰い手は少ないと思われがちですが、猫の森ではそんなことはありません。多少障害や病気があっても、老猫であろうと、猫たちは自力で新しい家族を見つけます。 最近私は「猫の森は猫の若返りパワースポットじゃないか?」と思うようになりました。ここに来る猫は、みんな元気に若返っていくばかりか、さらなる倖せの道を見つけているからです。 |
番外 6匹の猫の里親探し
長野のHさんが猫の杜にやってきたのは、雪のちらつく2003年2月のことでした。お若いのにすっかり憔悴しっきった表情のHさんは、「南里さんに叱られるのを覚悟できました。どうぞ助けてください」 と涙ながらに話し始めました。 少し前に離婚して、6匹の猫を連れて実家に帰ったのですが、お母様は過去のトラウマで猫嫌い。 やむなく庭にプレハブ小屋を建てて、そこに猫たちを住まわせることにしたそうです。会社の出勤前と帰宅後に猫たちの世話をするのですが、どんなにがんばっても今までいっしょに暮らしてたようにはいきません。猫たちもストレスが溜まってか喧嘩が絶えません。冬はプレハブ小屋の中でも水が凍るほどの寒さです。さらにお母様が猫の鳴き声が元でノイローゼになってしまい、入院してしまいます。 Hさんはいたたまれない気持ちで、里親探しを始めますが、6匹とも高齢の上、3本足の猫もいるので、なかなか貰い手はみつからず、精魂尽きてしまっったそうです。 「猫の杜で6匹預かってもらえないでしょうか? お金はないですが、これから働いて返していきます」とHさん。 私は、 「もう少し現実的に、できることから考えてみましょう」と提案しました。 Hさんにはひとまず「猫の森」に入会してもらい、2月末からホームページで大々的な里親探しキャンペーンを開始しました。 「○○だから無理」という考え方を捨てて、なんとかしようという信念があれば必ず道は開けるものです。 結局半年間をかかりましたが、6匹の猫はそれぞれ新しい家を見つけることができました。 私は今もキャットシッティングで、彼等に会うことも出来るので、Hさんに報告をします。 Hさんはその再婚をされ、現在はCSなんりのオリジナルグッズの製作や入力作業を手伝ってくれる存在になりました。 こうした形で、「猫の森」はご縁のあった皆さんに支えられているのです。 人がいて、猫がいて、様々なドラマがあります。「猫の森」はすべてをひっくるめて、みんなが幸せになるためのお手伝いをしたいと考えています。 |




























茶々丸改め“福助”:
ちぃちゃん改め ちぃたけ;2011年11月29日 桜舎へ入居
くまちゃん改め月ちゃん(月子);2011年5月24日、桜舎へ入居〜2012年1月5日虹のたもとへ
桃子改め玖磨;4月4日に桜舎へ入居
りゅう;2009年8月4日猫の手会員 Mr.2宅へ入居
レオ改めコタ(小太郎);異名「コタまぐろ」「ちょろべろオヤジ」「波平会長」
ブログで振り返るコタちんグラフィティ
マユミさんの忘れ形見、黒猫ビビ(雄・10歳)と白猫チョビ(雌・2歳)ちゃん。
ブログで振り返る おいちゃん&チョビ グラフィティ
【お日様ヒデヨシ】

みつは9歳のサビ猫(♀)。半年間ハワイに滞在することになったO夫妻からのお預かり猫です。「みつは分離不安で鳴きっぱなしになったことがあり、怖がりなので心配です」と言っていたO夫妻でしたが、猫の森に入居したみつは実に堂々としていて、数日後に私が入社した時には、すでにお局様の貫禄で、パソコン画面の前に陣取り、立派なセンパイぶりを発揮してくれました。
小チビ(推定 2 歳・雌)は我が家のズズのよく似た模様の白黒猫です。小チビは、それまで 22 歳の久太さんというおじいさん猫といっしょにいたのですが、ご家族が亡くなったり、入院したりという状況で、家に猫 2 匹が残されました。やがて高齢の久太さんは娘の K さんの家に引き取られることになり、若い小チビは K さんの依頼で我が家に入居することになりました。雄 17 歳コンビ、ズズとミンに小チビ。図らずも、我が家に白黒猫が 3 匹集結したことになります。
チンチラゴールデンのあまなつ君( 13 歳・雄)は、チャーとキツネが羽行に引き取られる日の午前中に入居。今まで他の猫を見たことのないあまなつ君は仕切り戸越しに見たチャーとキツネに向かって「ハァーッ!」と威嚇していました。
血のつながりはないのになぜか兄弟のようなこの 2 匹は、数ヶ月の間、人のいなくなった一軒家に暮らしていました。夏におばあさんが亡くなり、その数日後おじいさんは入院。老夫妻は猫好きで、常に何匹もの猫をかわいがっていたそうです。
そして、この 2 匹はとにかく食いしん坊! 朝、私が事務所に出勤すると、トイレ掃除も終わらぬうちから「メシクデェ、メシクデェ!」の大合唱です。少しはダイエットしてもらいたくて食事管理をするのですが、一向に痩せません。私がキッチンに行く度になにかもらえないかと、いそいそと付いてくる 2 匹でした。
ちび(雌・ 16 歳)は、同居していたお母さんが入院して、しばらくの間、動物病院に預けられていましたが、衰弱が激しく、見るに耐えないと、代理人(お母さんの従姉妹)の H さんが猫の森に連れて来ました。
2002年11月1日から2003年1月31日の3ヵ月間、語学留学するGさんの猫大輔君(ダイちゃん)を、猫の杜でお預かりしました。Gさんは、ダイちゃんをケージに閉じ込めるようなところには預けたくなかったそうです。
2ヵ月目に入るとさすがに窮屈になったのか、
ゆっくり人前に出て来るようになり、猫ばぁにはすっかり懐いてしまいました。気立ての優しいダイちゃんに猫ばぁもメロメロで、夜は枕を並べていっしょに寝ていたものです。
また、「猫の森」の取材では何度もダイちゃんに協力してもらいました。 やがてGさんが3ヵ月の留学を終え、ダイちゃんを迎えに来ました。
ダイちゃんとの別れに猫ばぁは涙をにじませ、後日様子を見に行くと、
2002年の夏、Oさんは大怪我を負ったチャー君を保護しました。ところが怪我が治ったチャー君はOさん宅の先住猫たちを次々に襲い、連日の流血騒ぎを起こしたのです。
さて、すっかり人気者になったチャー君ですが、1年間経っても里親は決まりませんでした。それに猫嫌いの烙印を押されていたチャー君は後から入居したチロちゃんと仲良くルームシェアするようになっていたのです。これには、毎月面会に来るOさんも驚きました。
チロちゃんは2003年7月24日に猫の杜にやって来ました。推定13歳の彼女のお母さんは1年間の入院後に亡くなっていました。その間、娘さん夫妻が家に残されたチロちゃんのお世話に通っていたそうです。お母様が亡くなった時、忘れ形見のチロちゃんを引き取りたいという気持ちはあったのですが、ご夫君のアレルギーや住宅事情がそれを許しませんでした。
その年の夏の初め、風邪をひいたチロちゃんは数日点滴に通わなければなりませんでしたが、大事には至らず、暑い夏も元気に乗り切りました。
家庭内暴力のため、お子さん二人を連れてシェルターに入らなければならなくなったYさんは2匹の猫のことが気掛かりでした。
生後6ヵ月のラグドール兄弟、ロクとハチをケージに入れず、いっしょに預かってくれる所はないものか?
インターネットで「猫の森」を知ったYさんはすでに体重が5キロを超えていた2匹を一人で運んできました。
2004年11月末にKさんという一人暮らしの女性から1通の手紙が届きました。
こうして、12月15日ネネとミンがやってきました。この時、私は(Kさんと別れたこと、違う環境になったことで、2匹は心細いに違いない。
仲が悪いと言っても今までいっしょに暮らしていたのだから、試しに1晩だけ同じ部屋に置いてみよう)と決心しました。
そして、翌日事務所を覗いてみると、なんと2匹はコタツの中で身体を寄り添わせていたのです。Kさんに報告すると、
マンションのリフォームのために1週間の滞在をしたのは、ディンブラちゃん。
やはり、マンションの改修工事の際、10日間4匹の猫を引き受けたこともあります。この時は2匹ずつ2組に分けて、私の自宅と事務所でそれぞれ預かりました。実はこの時、4匹とも部屋や押し入れに入り込んで、出て来ようとはしなかったのですが、家族の方は、
もともと私がキャットシッターという仕事を思い付いたのも、私の猫たちがこの猫たち同様極度に気に小さいタイプで、動物病院に預けられず苦労したからです。動物病院のケージに入れると、おしっこも我慢して、もちろんごはんを食べるどころではありません。健康な猫を人間の都合で動物病院に預けてかえって病気にしてしまうということになってしまうのです。
モンとトンの姉妹猫(推定9歳)はお母さんが入院したため、娘さんが「猫の森」と契約をして、猫の杜1号店に入居した猫です。
「
チャーが、モンとトンに乱暴するんじゃないかと思って気が気じゃなかったけど、よく堪えてくれてほっとした」と言います。
「引っ越し先で落ち着くまでこの子をお願いします」とやって来たRさん。
事情があって、引っ越し先では猫を受け入れてもらえないという。
時間をかかっても先方を説得して、愛猫ナル君(11歳)をまた手許に戻したいとRさんはおっしゃいました。
まゆ(雌・18歳)は福岡から、単独で飛行機に乗ってやってきました。それまでいっしょに暮らしていたお母さんがガンで亡くなり、残されたまゆは福岡市内の友人宅に預けられていました。ところが、その家にいた先住猫がまゆが来たことで、家出をしてしまったのです。東京にいる娘さんが慌てて、猫の森に連絡してきました。
長野のHさんが猫の杜にやってきたのは、雪のちらつく2003年2月のことでした。お若いのにすっかり憔悴しっきった表情のHさんは、